宇宙では目が平たくなる:NASAがコンタクトレンズを認めるまで

1959年。
NASAは、最初の宇宙飛行士の候補を集めるため、軍に推薦を求めました。
条件は、ジェット機の飛行経験と工学の素養。
そして身長5フィート11インチ、約180cm以下であることでした。
宇宙船のせいではありません。中の座席のせいでした。
候補者は500人。残ったのは7人でした。
7人とも軍のパイロットでした。
だから、目の悪い人は一人もいませんでした。
それから何十年も、宇宙飛行士は完璧な視力でなければならない、という印象が残りました。
しかし今のNASAの規定を読むと、話は違います。
今の基準:20/20に矯正できること
NASAは、宇宙飛行士候補の身体の条件を公開しています。
視力の項目は一文だけです。
「遠方と近方の視力が、それぞれの目で20/20に矯正可能であること」
矯正可能。
メガネでもコンタクトレンズでも、それをつけて20/20が見えれば合格です。
同じ資料には、ほかの条件も並んでいます。座った状態の血圧が140/90以下、立った身長が62~75インチ(約157~190cm)。
目の条件より、身長の条件のほうが厳しく見えます。
LASIKやPRKのような屈折矯正手術も、少なくとも1年がたち、長く続く副作用がないことを条件に認められているとNASAは案内しています。
つまり、メガネをかける宇宙飛行士もいれば、コンタクトレンズを使う宇宙飛行士もいるのです。
コンタクトレンズの素材はスペースシャトルで試験された
NASAとコンタクトレンズの関係は、「認める」だけでは終わりませんでした。
1993年から1996年にかけて、スペースシャトルは3回、コンタクトレンズの実験を運びました。
STS-57エンデバー、STS-63ディスカバリー、STS-77エンデバー。
アリゾナ州のレンズメーカー、パラゴン・ビジョン・サイエンシズ(Paragon Vision Sciences)とNASAラングレー研究センターの共同プロジェクトでした。
テーマは、酸素を通すポリマー、つまりハードレンズの素材です。
地上でポリマーを合成すると、対流のせいで分子の鎖が均一に育ちません。
微小重力には対流がありません。
そのため研究者たちは、「どの成分が素材を不均一にし、酸素透過性を下げるのか」をはっきり見ることができました。
その結果は、地上の工場に持ち帰られました。
2つの製品が生まれました。
一つは、HDSと呼ばれる酸素透過性の高いハードレンズの素材。
もう一つは、夜につけて日中の近視を一時的に軽くするレンズ、CRTで、この種のレンズ(角膜屈折矯正療法)として初めてFDAの承認を受けたものです。NASAは、試験参加者の約70%が20/20以上に達したと記録しています。
宇宙の実験が、地上のレンズになったのです。
しかし宇宙に長くいると、目は変わる
ここがこの話の核心です。
2011年、学術誌 Ophthalmology に一本の論文が載りました。
トーマス・メイダー(Thomas Mader)らのチームが、長期ミッションの前後で7人の宇宙飛行士の目を比べたものです。
見つかったことは3つです。
眼球の後ろ側が平たくなる。
視神経乳頭が腫れる。
度数が遠視側にずれる — +0.50~+1.75ディオプター。
この状態には名前がつけられました。
SANS、宇宙飛行関連神経眼症候群です。
もっとも有力な説明は、体液の移動です。
地上では、重力が血液や体液を脚のほうへ引っぱります。
微小重力では、その体液が頭のほうへ上がってきます。
頭の中の圧力のかかり方が変わり、目の後ろを押します。
前後の長さが短くなった眼球では、焦点が網膜の後ろへずれます。
それが遠視側へのずれです。
どのくらい起こり、元に戻るのか
長期滞在した宇宙飛行士のうち、約15%に臨床的に意味のある視神経乳頭の腫れが見られます。
精密な画像検査(OCT)では、ほぼ全員に何らかの変化が見られます。
よい知らせもあります。これまでのところ、永久的な視力の低下は報告されていません。
影響を受けた宇宙飛行士は全員、引き続き20/20に矯正できました。
ただし、帰還後も何年か度数の変化が続いた人もいました。
NASAは、これを火星のような長期ミッションの重要なリスクに分類しています。
だから宇宙ステーションには「前もってつくったメガネ」がある
治療法はまだありません。
備えはあります。
打ち上げの前に、宇宙飛行士は「宇宙予測メガネ(space anticipation glasses)」を持っていきます。
予想される遠視側へのずれに合わせて、前もってつくっておく老眼鏡タイプのメガネです。
40代で老眼が始まると処方箋に現れるADDの行と、同じ原理です。地上では年齢が焦点を押しやり、宇宙では微小重力が押しやるのです。
老眼とADDについては、43歳、レストランのメニューが急に遠くなったで取り上げました。
結局、答えは同じ
宇宙でも地上でも、結論は一行に収まります。
目が変わったら、矯正する。
NASAが求めているのは、完璧な目ではありません。
矯正できる目です。
そして目が変わるとわかっていれば、先にメガネを用意します。
旅行かばんに予備のレンズを1箱入れておくのと、そう変わりません。
参考資料
- NASA、Astronaut Selection and Training (NASA Facts) — 視力・血圧・身長の基準、1959年の選抜
- NASA Spinoff 2004、'Contact' in Space Leads to New Lenses — STS-57/63/77の実験、HDSとCRT
- Lee AG ほか、Spaceflight associated neuro-ocular syndrome (SANS) and the neuro-ophthalmologic effects of microgravity、npj Microgravity 2020 — 2011年の報告、ディオプターの範囲、15%という数字
- NASA Glenn、Spaceflight Associated Neuro-Ocular Syndrome
- Eye (Nature) 2024、Refractive shifts in astronauts during spaceflight — 宇宙予測メガネ
この記事は一般的な情報です。NASAは宇宙飛行士の選抜基準をときどき更新しており、数字は参照した資料の時点のものです。見え方の変化に気づいたら、原因にかかわらず目の検査を受けてください。